市中心部に位置する天都山。その標高は、わずか207mですが、ここを訪れる方には、オホーツクの雄大な景観がもたらされます。
山頂からの眺めは、「天の都にのぼるような心地」との由来のとおり、網走湖をはじめ、ラムサール条約登録湿地に認定された濤沸湖、さんご草(アッケシソウ)群生地である能取湖、寒しじみ漁が行われる藻琴湖、オホーツク海をはさんで知床半島、阿寒の山並みまで、壮大な景観が一望できます。展望を遮るものがなく、360度の壮大なパノラマから、昭和13年12月14日に国の文化財「名勝」に指定されています。
周辺には、オホーツク流氷館の他にも、北海道立北方民族博物館、レークビュースキー場、博物館網走監獄などの施設や、市民の手で管理している花園フラワーガーデン「はな・てんと」があり、多くの観光客が訪れています。また、山頂付近の桜公園には、およそ1,000本のエゾヤマザクラがあり、平成20年5月、市民有志の主催で「名勝・天都山さくらまつり」が6年ぶりに復活開催され、多くの市民で賑わいました。
いつでもオホーツクの自然や文化が満喫できる、まさに網走、ともいえるこの景観や周囲の自然環境をいつまでも市民や観光客に触れてもらえるよう、天都山一帯の景観保全の取り組みを進めます。
【ふるさとメモランダム】 天都山の名付け親を知っていますか?
「天都山」の命名は、明治・大正時代の文人、大町桂月氏と言われていましたが、昭和52年、第12代網走支庁長の渡辺勘一氏が命名(大正14年9月)したことが解りました。
なんと、ブラジル在住の方から命名書の存在が知らされたことで、名付け親が判明したようです。ちなみに、その命名書の写しは市立図書館で保管しています。
参考文献:網走叢書編集委員会『網走百話』、網走市教育委員会、1998、pp.102-103.
大正2年の網走川河口左岸、米村喜男衛氏(網走市名誉市民)の手によって、最寄貝塚は発掘されました。後に、北海道の考古学上、世界が注目する歴史的な出来事であることが解りました。
発掘以降、継続的な調査が続けられ、竪穴式住居跡や墓をともなう集落の遺跡であることが解り、縄文文化晩期から近世アイヌまでの各文化期の遺物が出土しています。その中から、縄文文化ともアイヌ文化とも違う文化の存在が明らかになったのです。それが、北海道の歴史の中で、 5世紀から9世紀頃、オホーツク海を中心に展開された文化、オホーツク文化です。
竪穴式の大型な住居には、ヒグマなどの骨が並べられており、死者は屈葬され、北西を向いた頭部にはオホーツク式土器がさかさまにかぶせられるなどの特徴があります。骨角器、土器、石器が多数出土し、鉄の刀や鉾、牙で熊などの動物をかたどった像、女性像も見られます。
昭和11年12月16日、その文化的な重要性から、国の文化財「史跡」に指定されました。学術的に高い評価を得ている調査・研究成果は、市立郷土博物館で展示しています。最寄貝塚には、モヨロ貝塚館を建て、古代文化に触れられる場所として、当時の人々の生活の様子を具体的に展示しています。
現在、郷土の歩みや日本史を学ぶ小学生や中学生が、総合学習の一環でモヨロ貝塚館を訪れることがあり、古代文化を肌で感じる機会になっています。市立郷土博物館で行われる最寄貝塚発掘成果展には、多くの市民が集まり、関心の高さが伺われます。今後も、この郷土に残された貴重な古代遺産の保護に努め、こどもたちや市民の郷土学習として活用する取り組みを進めます。
【ふるさとメモランダム】 床屋さんと出会った最寄貝塚?
最寄貝塚を発掘した米村喜男衛氏は、当時、東京の床屋に勤める21歳の青年でした。アイヌ文化を調べようと、旅行先の網走で歴史的な発見をしたのです。
その後、米村氏は網走への定住を決め、理髪業を営む傍ら、遺跡の調査・研究に携わっていきました。
【ふるさとメモランダム】 市内随一の趣ある室内空間と造形美!
市立郷土博物館は、アメリカの建築家、フランク・ロイド・ライト氏の下で旧帝国ホテルの建設に携わった、田上義也氏の設計により、昭和11年11月に建てられました。
展示物もさることながら、市内桂町にある建物そのものも、来館者の目を和ませています。
参考文献:米村 衛『北辺の海の民 モヨロ貝塚』、新泉社、2004、p.94.(シリーズ「遺跡を学ぶ」001)
網走のまちは、市中央部を流れる網走川を中心に広がっています。網走川は、まさに、まちのシンボルといえる川です。
阿寒山系の阿幌岳を源とし、津別町から美幌町を流れ、大空町で網走湖に流入します。市街地を通り、最寄貝塚を傍らに、オホーツク海に注いでいます。その網走川、網走湖の流域には、白鳥が飛来し、サケの遡上、アオサギのコロニー、ミズバショウの群落など、豊かな自然が残されています。
網走湖は、上部は淡水層、下部は塩水層という、汽水湖の中でも非常に珍しい二重構造をもつ「二層湖」であり、シジミやワカサギ、シラウオなどの漁業が盛んです。また、夏期はボート練習やキャンプ場、冬期は氷上ワカサギ釣り、「北の新大陸発見!あったか網走」の会場として、市民や観光客に親しまれています。
近年は、湖口から河口に向けて川沿いの整備を進めています。湖口の大曲湖畔園地(旧網走刑務所農場跡地)を、広大な農地・湿地・河畔林などの環境を活かした自然環境学習ができる体験型観光の場として整備を行っています。大曲地区から河口までの両岸には親水公園が続き、市民の憩いの場になっています。下流部の川筋地区には、みなと観光交流施センターの建設を進めており、観光や地域産業の振興を図っていきます。
網走川との関係は、時代とともにゆっくりと変遷しつつも、網走の原風景として、網走川は流れ続けています。周辺の景観に対する市民の関心は高く、自然の共生を考える重要な場所にもなっています。今後も、網走川周辺の景観を保全し、網走川を中心とした整備を進め、市民と観光客が交流できる空間づくりを進めます。
参考文献:網走叢書編集委員会『網走川歴史紀行』、網走市教育委員会、1995、p.329.(網走叢書4)
その他の事業についても、これまでと同様に、寄附者の皆様の具体的な意向を伺います。
寄附の申込みの際に、子どもたちのため又は高齢者のために使ってほしいというように、具体的な寄附金の使い道を示していただければ、それらに関わる取り組みに活用させていただきます。
企画調整課 企画係
〒093-8555 北海道網走市南6条東4丁目
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※「ふるさと寄附金」をかたった寄附の強要や詐欺行為には十分にご注意願います!
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