| 国指定史跡 | 1.桂ヶ岡砦跡 | 2.最寄貝塚 | |
|---|---|---|---|
| 国指定名勝 | 3.天都山 | ||
| 国指定有形文化財 | 4-1~4-4.博物館網走監獄内 | ||
| 市指定有形文化財 | 5.永専寺山門 | 6.鱒浦稲荷神社絵馬 | 7.網走神社絵馬 |
| 市指定天然記念物 | 8.ポンモイ柱状節理 |
(網走市桂町)
国指定史跡(昭和10年12月24日指定)桂ヶ岡広陵の一端に大小二つのチャシ(砦)が築かれている。
先住民族はその上に立ち、向かいあってチャランケ(談判)したことからチャランケチャシの名も残っている。
(網走市北1条東2丁目)
国指定史跡(昭和11年12月16日指定)網走川の河口左岸、標高5メートルの砂丘台地に残されている遺跡。
明治20年代から知られ、貝塚はもとより、住居跡、墓をともなう集落の遺跡で、縄文文化晩期以降、続縄文文化、擦文、オホーツク、近世アイヌの各文化期にわたるものが、出土する。
オホーツク文化に属する人骨も多数発見されており、その特異性からモヨロ貝塚人の名も生まれている。
(網走市天都山)
国指定名勝(昭和13年12月14日指定)標高207メートルの低い山ではあるが、オホーツク海をはじめ、網走湖、能取湖、涛沸湖、藻琴湖、はるか知床や阿寒の山並まで壮大な眺めである。
頂上にはオホーツク海の流氷を展示してある「オホーツク流氷舘」がある。
(網走市呼人)
明治45年から昭和59年まで網走刑務所の獄舎として使用された建物である。中央見張所から45度毎に切妻造平屋建ての舎房が放射状に5棟接続する構造でベルギーのルーヴァン監獄を模倣し建築され、昭和60年に博物館網走監獄に移築復原されたものである。
上記、五翼放射状平屋舎房の内部風景。雑居房の廊下側の壁は、「斜め格子」で等間隔に隙間を置きながら作られているため、廊下側からは部屋の内部は見えるが、部屋の中からは廊下をはさんで向かい側の部屋の中は互いに見えない造りとなっている。
(網走市呼人)
受刑者に対して行う精神・倫理・宗教的な教化指導を行う講堂として、明治45年に建築され、昭和56年に博物館に移築復原されたものである。外観は、入母屋造り総瓦葺、内部は無柱の広間で、内壁、天井を漆喰塗り、シャンデリアを吊り下げた「和洋折衷」の建築様式である。
(網走市呼人)
明治29年に網走分監の農作業を行うための泊込み作業場として開設されたものである。「屈斜路外役所」から「二見ヶ岡農場」と改名され、平成11年12月博物館に移築復原されたものである。
場長室、食堂、教誨堂、炊場、洗濯室、足洗場、浴場、舎房が1棟に設置された造りとなっている。
(網走市南6条東2丁目)
市指定有形文化財(昭和54年2月10日指定)明治末期に作られた旧網走刑務所正門で、大正11年に永専寺山門として移築された。
和風と洋風混合の独特のつくりで、擬洋風建築のながれを継ぐ貴重な遺構であり、北海道行刑史上からもきわめて重要な施設である。
(網走市字鱒浦78番地)
市指定有形文化財(昭和54年2月10日指定)網走地方の漁業場所請負人であった又十藤野が、守護神であった鱒浦稲荷神社に奉納した絵馬で、弘化2年から明治9年まで10枚奉納された。
(網走市桂町2丁目1)
市指定有形文化財(昭和54年9月10日指定)鱒浦稲荷神社と同じように又十藤野が航海の安全と大願成就の感謝のしるしとして奉納した絵馬で、文政4年から明治6年まで10枚奉納された。
(網走市台町3丁目)
市指定天然記念物(昭和58年3月5日指定)大規模に広がっている安山岩の柱状節理は、市街地至近の距離に位置し、オホーツク海の碧と調和して美しい海岸景観を呈するとともに崖面に露頭する多角形断面はその形状種類が多く、岩漿運動(マグマ)の複雑な様相を調べるうえでも地質学上貴重な価値がある。
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